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| いのちのかたち |
| もしも自分と同じ歳の、親しき友が突然死んでしまったなら?
その経験は非常に悲しく、苦しいものとなる。
いつか遠い未来にくるとなんとなく思っていた事が、
いや、まるで意識していなかった事が、突然二ヶ月前に来た。
部活メモリーとちょいと違う、
シュールなムービーが時折混じっているが、
形にして出して忘れる
という癖があるのでごかんべんをm(_ _)m
まだ経験ないかもしれないが、
自分と同じ歳の、親しき友が突然死んでしまうと
色々考えるようになっちゃうものなのでした。
いつかみんなも残念ながら、
生きている限り、経験する事になってしまうだろう。
二ヶ月前のちょうど、今日、通夜が行われる。
触った。冷たかった。
それで彼の死を実感した。
通夜から、ちょうど二ヵ月後。
親しき友が死んだ後の初めての誕生日。
いつも誕生日付近は桜が満開。
来年の展望を話しながら、
家の近所の桜の木の下で花見飲みをしていた。
恒例の行事。
電話がかかってこない。
それで、また彼の死を実感した。
今までの誕生日は、
『今までは、歳とるの嫌じゃのぅ・・』
位だったのだが、今年は感じ方が異なる。
そこで浮かんできたイメージは、
砂時計。
死に向かって進んでいる
そんな感じがした。
死について今まで考えた事がまるでなかった。
いつか死ぬ
という当たり前の事に気付いていなかった。
死について考えるのは、暗い、嫌、怖い
否定的なイメージばかりだったので、避けていた。
苦しかったので、その苦しみを消すために、
二ヶ月間、色々考えた。
結果、今は、苦しみは消えた。
考え始める前、テコに気持ちを受け止めてもらった。
追いコンの後、徹夜で話した。
あれのおかげで、考える事に勢いを付ける事ができた。
死んだ人に関係のない、面識のない、第三者に、
気持ちを受け止めてもらうという事は非常に大切な事だ。
と思った。
テコ、ありがとう。
親しい人が死ぬと誰でも非常に悲しい、そして、苦しい。
苦しさのあまり体調も悪くなってくる。
なんとかしなければ。
考えるに当たって、まず、
この悲しさ・苦しさは何ゆえ生じるのだろうか?
と考えていった。
平原綾香のそらといういい曲の歌詞の最後に、
この心に何ができるか わかるから
というフレーズがある。
それにヒントを得て、
この悲しさ、苦しさは心が生んでいる!?と捉えた。
そこから、紆余曲折したが、結局辿り着いたのは、
悲しさが生じるのは、どんな時か?
大好きな人を失ったと感じている時に感じると分かった。
好きじゃない人なら、ここまで悲しくはないだろう?と思った。
苦しさが生じるのは、どんな時か?
彼が生きていれば・・という思考をする時、
苦しさが生じるのが分かった。
彼を(ホモじゃないが)大好だったので、悲しい。
彼を好きじゃなかったら、悲しくない。
失った。という事にしがみついていると、
いつまでも悲しい事になると気付く。
失なわれた時間、また、生きていれば得られたであろう時間
を見るよりも、
それまで一緒に楽しく過ごした時間を見るようにした。
その時、彼が生きていれば・・という思考が生まれたら、
それを即時遮断するようにした。
そうしたら、苦しみは消えた。
人間である以上、早かれ、遅かれ、いつか死んでしまう。
ずっと一緒に楽しい時間を過ごしたいものだが、そうもいかない。
ずっと生きているというおいしい所どりのような事は出来ない。
当たり前の事に気付く。
ある人を好きになればなるほど、
その人が死んだ時の悲しみは大きくなる。
これは仕方がないことだ。と気付いた。
かといって、
死んだ時の悲しさを小さくするために、
あまり好きにならないでいる、
そんな事は心には出来そうもない。
じゃあ、もしも死んだ時の悲しみは、引き受けるしかなくなる。
悲しみの大きさと、好きの大きさは不思議と釣り合ってしまう。
部活の人たちは、悲しいので、
なるべく自分より後に死んでくれぃ。
そーいうわけで、元気でいてください。
ついでに、親しい友はなるべく大切にしておこぅ。 |
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| Uploaded: March 30, 2007 at 4:15 pm |
| Author: takutaku7 |
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| Length: 00:02:15 |
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| Views: 8679 |
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| Tags:
meditation
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